サッカーのある人生を 

       バルセロナS.C(エクアドル)のプロサッカーコーチ・徳永尊信(通称TAKA)のブログ

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東京、足立区の街クラブ クリアージュFC

今年のadidas CAP 2009 日本クラブユース選手権U‐15に関東代表として無名のクラブが出場した。
そのクラブの名はクリアージュFC。 Jリーグの下部組織やJFLに所属するような企業のクラブでもなく、東京都の足立区中心に活動する街クラブだ。
そのような街クラブがJリーグのプロクラブが数多くひしめく東京都予選、そして関東予選までも勝ち抜き全国大会に出場したのはとてつもない快挙だ。
その偉業を達成したのがジュニアユース(中学生年代)の監督を務める丸茂敦監督(32才)だ。

彼との初めての出会いは今から13年前、地球の反対側にあるブラジルのサンパウロだった。
当時、丸茂氏はブラジルで選手としてプレーしており、自分がクリアージュFCの前身のKSクラブでジュニアユースチームを率いていてブラジル遠征に行ったのがきっかけだった。
そこで知り合い帰国後、丸茂氏が日本でチームを探しているときに当時クラブにあった社会人チームで共にプレーし、自分のチームの指導も一緒に手伝ってもらっていた。
そして一時期水戸ホーリーホックに所属していた際には離れたこともあったが、戻ってきた後も共に2年間チームを指導した。

当時、クラブは本格的に強化を始めたばかり、チームは東京都予選のグループリーグで敗退していたが、クラブの名門の三菱養和やブラジルのクラブでプレーしてきた経験を持つ彼の存在は、当時まだ若く試行錯誤しながらやっていた自分にとって大変貴重なものだった。

その後、自分が矢板中央高校のコーチとして栃木に行くことになり、丸茂氏がチームを引き継いでくれたのだ。
その年1999年にKSクラブは足立区内にある他の3つのジュニア(小学生年代)クラブと合併し基盤を広げクリアージュFCと名を改めて新たなスタートを切った。
その頃、グランドでの指導だけでなく、毎日深夜まで事務所に残って働き、時には事務所に泊まってまで仕事していたのをよく覚えている。おそらくそれは今でも変わらないだろう。

丸茂氏を始めクラブは幼児からの一貫指導を行なうなど地道な努力を重ねジュニアユースは都大会のベスト8、ジュニアチームのクリアージュFCロッキーがさわやか杯(東京都大会)で優勝するなど徐々に結果を出し始める。

そして、丸茂氏がチームを率いて10年経った2009年、ついにクリアージュFCは見事全国大会出場を成し遂げた。


クリアージュ
日本クラブユース選手権のHPのチーム紹介写真。 全出場チームなかで土のグランドでの写真はクリアージュのみ! その謙虚さとこの選手達の笑顔が勝利の秘訣!?


これはクリアージュFCと同じような多くの街クラブに夢と希望を与える結果になったのではないか。
それになにより長い年月をかけた地道な努力の積み重ねは必ず報われることの証明でもある。

全国大会を経験し、街クラブ、クリアージュFCは今後もさらに発展し続けていくだろう。
その原動力となるのは今も昔と変わらない彼のサッカーに対する情熱だ。

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 < 自分の目指す指導者 + 名実況解説者アンドレース・モンテス(Andres Montes) > 

コメント

クリアーシ゛ユFCサポーター

頑張れ!!!クリアージュFC

頑張れ

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